大ユーラシア構想と日本

2017年12月1日の記事

本年11月13~14日、カザフスタンの首都アスタナで開催された国際フォーラム(主催:アスタナ・クラブ)に招かれ、議論に参加してきた。「グレーター・ユーラシア2027-対決か、パートナーシップか」というエキサイティングなテーマと副題のついたこのフォーラムには、EU、ロシア、中国、アメリカ、日本を含む28ヵ国から60余名の政治家、外交官、国際機関・大学・シンクタンク等の専門家が参加し、拡大ユーラシアの開発と経済圏構想について意見交換を行った。2015年に最初の会合が開かれてから今年で3回目、歴史は浅いが非常に興味深い議論がそこにあった。
「アスタナ・クラブ」という名称はまだ日本では馴染みが薄い。これはスイスのダボスで毎年開催されている世界経済フォーラム(通称:ダボス会議)を模して創設されたロシア主催の「バルダイ会議」などを下敷きに、カザフスタン独自の発想と理念に基づき創設された中立的でユニークな交流と討論のプラットフォームである。まず、筆者の関心を引いたのはフォーラム開催の主旨と討論の方法である。政治的意図や偏見にとらわれない、自由で闊達な意見交換、知識と英知を集めることを目的に、いわゆる「チャタムハウス・ルール」に基づく議論をベースに置いていたことである。
「チャタムハウス・ルール」と言ってもこれも日本ではほとんど認識がない。一言でいえば、「このルールの適用が宣言された会合では、参加者はそこで得られた知識や情報は自由に利用できるが、発言者の身分や所属組織、また、他の参加者に関する情報はこれを明かすことができない」というもの。自由で民主的な議論を発揚することをテーゼに英国王立国際問題研究所(通称:チャタムハウス)が提起したルールである。欧米のシンクタンク等での議論で大きく忘れ去られているような状況がある中、新興国のカザフスタンでこのルールに基づく国際フォーラムが大規模に組織されていることに新鮮さと時代の動きを感じた。さらに印象深かったのは、ナザルバエフ大統領自身が来賓としてこのフォーラムに参加し、二時間半にわたって参加者と熱心に討論、質問にも丁寧に答えていたことである。“民主主義国家”を自認する日本にはない光景である。
さらに、「チャタムハウス・ルール」に基づくこうした議論の中心にあったのが、冒頭でも触れた、いわゆる、“グレーター・ユーラシア”問題と今後10年間に予想される変化への検討である。ユーラシアとか、シルクロードという言葉は日本人の間でもよく知られている。しかし、“グレーター・ユーラシア”という言葉はまだ耳新しく、それがどの範囲の、どのような内容の、また、いかなる国家群を指すのか、正直、筆者も正確な知識を持ち合わせていなかった。おそらく、専門家を含め、日本人のほとんどが同じ状況にあると思われる。
中国の「一帯一路」やアジア・インフラ投資銀行(AIIB)が提起されてから、これをめぐるセンセーショナルなやり取りに押されて、日本ではカザフスタンの掲げるユーラシア開発構想、「ヌルリ・ジョル」(未来への道)、「国家戦略2050」等への理解も進んでいない。
しかし、フォーラムへの参加を通じて筆者が得た一つの結論は、“グレーター・ユーラシア”といっても確立した定義がありわけでなく、統一した認識もないといった現実である。私たちが慣れ親しんできた「ユーラシア」が欧亜にまたがる伝統的な政治・経済・文化の領域であったとすれば、“グレーター・ユーラシア”は、新しく提起された中国の「一帯一路」、ロシア主導の「ユーラシア経済連合」(EAEU)、カザフスタンの「ヌルリ・ジョル」、EUの「ユーラシア開発構想」等が複雑に絡み合い、これに、インド、イラン、トルコやシンガポール、マレーシア等周辺国、さらに、日本や米国も利害関係を持つ広大な領域と国家群によって構成される地政学的・地経学的、また、地球戦略的な領域と理解される。
そうした意味では、これはまだばらばらの「モザイク模様」の領域で、集合体にもなっていない。近い将来これが一つの経済圏に統合される可能性は極めて低い。しかし、戦後世界経済と国際関係の構造・システムが音を立てて崩れつつある今日の歴史的状況を考慮に入れれば、欧亜にまたがる関係各国の将来構想や国益、地政学的戦略がぶつかり合うこのモザイク模様の広大な領域で起こっている事態は予想を超えてダイナミックであり、ある意味では、最も変化に富み、潜在性を秘めた領域(地域・海域)と言えなくもない。日本にとって最大の問題はこうした変化と挑戦に富んだ領域・問題群とどう向き合っていくかという点である。
中国の「一帯一路」が明確な規範や枠組みもなく、また、構想の輪郭さえ提示していない状況下にあっては、これが統一した経済圏に発展する可能性は低く、世界経済へのインパクトも限定的である。しかし、伝統的な経済圏構想を前提に考えるからそうなのであって、もともと中国は多数国間の「経済協議体」などは構想せず、中国対当該国という、いわば、1対1の経済協力を軸に中国主体の経済圏を考え、具体的は動きが始っているとすれば話は別で、これが現実の流れのように筆者には見えてくる。したがって、中国が想定する開発プロジェクトでは、国際入札というような発想はないと思った方がよい。
これが分かっているから当該周辺国も中国との協力に期待を抱きつつも、警戒心を解くことができず、その分、日本等の関与に期待するといった複雑な側面をのぞかせる。カザフスタンが日本との関係強化を願うのも非核政策や科学技術、これまでに積んできた経済協力の実績と信頼性に追うところが大きいが、年ごとに高まる中国の圧力と経済進出、ユーラシア経済連合を通じてのロシア経済との“統合”が生み出す負の側面への対応の意味も大きい。大ユーラシア構想をめぐって生み出されつつある新しい状況は、日本経済の再生や成長戦略、社会経済改革にとっても大きな機会を提供すると筆者は見る。ICTやネット空間を含む産業・技術・学術等への選択的・戦略的関与を通じてカザフスタンとユーラシア周辺諸国の開発に積極的に関わっていくことは長期的視点で日本の国益に合致する。(了)